【小説】わたつみに捧ぐ手向け花1/6(白藤宵霞)

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常橘(とこたち)が拾われたのは、彼女が十になる年のことだった。
その頃、彼女が住まう村は大規模な大乱に見舞われ、老若男女問わず多くの死者を出した。後に、倭国大乱と呼ばれ、やがて大陸の書に名を刻むこととなる女王誕生のきっかけともなったその大乱は、罪もない少女から多くのものを奪っていった。

宛のない道を、首を斬られて死んだ母の頭を抱えながら、幽鬼の如く彷徨う。
しかし、幼い身体は限界も早い。母を抱く腕は痺れて感覚を失い、引きずるようにして歩く素足はじゅくじゅくと彼女を苛んだ。
(……もう、歩けない)

一度浮かんでしまった弱音を圧し殺す術を、そのときの少女は知らなかった。
「っ……ぅ……」

ぺたりと尻餅をついた彼女は、そのまま声もなく泣いた。煤汚れた頬の上を透明な滴がひとつ、またひとつと零れ落ちていく。
このまま枯れ果ててしまえば良いのに、と少女は思った。枯れ果てて、そして、萎れて死んでしまえたら良いのに、と。

そのとき、途方に暮れた幼子に小さな影が重なった。
「親父さま、この子を屋敷に連れて帰りましょう」
霞んで見える視界を懸命に上げれば、それは少女よりもいくらか年上に見える少年だった。
「だ、れ……?」
常橘が掠れる声で問いかけると、少年は榛色の瞳を柔らかに細めた。
「わたしの名は、梓」
血で固くなった少女の手を取り、少年は親しげに言った。

どうやら彼の名前であるらしい言の葉を、常橘は幼い口内で転がす。
「あず、さ……さま……?」
「うん。……わたしと、一緒に帰ろう?」
そう言って差し出された手は、ひどくあたたかかった。

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